言葉が意味をあらわすのは、言葉が意味のなかに閉じこめられるということではない。言葉がみずから意味しうるものの限界をしるしづけ、そうすることによって言葉が意味しえないものが何であるかを、はっきり指ししめすということである。本の活字が行間をあけて組まれるように、言葉は言葉にならないものを行間に持つ言葉なのだ。懐中電灯が光をつつむ闇をさそいだすように、言葉は言葉をつつんでいる沈黙をさそいだすことができるのでなければならない。言葉は、言葉の限界にゆきつく努力によって言葉になるので、言葉を読むとは言葉の限界を確かめ確かめしながら読んでゆくということだ。
長田弘 「読むこと」